大四国戦線のこと2 キャラクターの成立


物語とキャラクターはどちらが先なのかといえば、今回は物語が先であってと言えますな。
怪獣同士の対決を主軸とする時点で、人物のドラマはオマケになるのは怪獣映画的にありがちなことなのだよ。例えば最新の例を挙げればシン・ゴジラであるとか。

さて怪獣映画にはある程度の型がある。怪獣の暴れるシーンは三度まで、だとか。当然この小説もそのセオリーを守っております。一応は二時間の映画を想定して書いたわけだ。
ちなみにシン・ゴジラで庵野秀明監督が拾わなかった特撮映画の要素を拾うこともこの小説のテーマであった。どのあたりがそうかはいつか解説するかもしれないししないかもしれない。

小説を二時間にまとめるにあたって準備はしていたけれど書かなかった要素を列挙してみる。

フクシンくんがスパイになるために家族連れの多い運動公園でマンツーマンで極秘特訓シーン。
さぬき政府側の描写。これは一切ふざけず大真面目な会議で、それなのに結論がうどん怪獣で攻め込む事になるバカバカしさを狙いたかったけれど、いよ政府側の会議シーンとダブってくどいのでやめた。
カッパ市長に息子を認知させて金をせしめる作戦の内容。
絨毯爆撃で沈んだと思われるデコポンの末路。(これはラストシーンのため書けば良かった気がする)

さて今回は、まずは物語を考えてから物語にキャラクターを当てはめていった。その課程で展開をスムーズにするためにヒロイン?をアイドルグループにしたりもした。
今回のキャラクターたちは20歳くらいを想定しているのだけれど、この年齢が一番最初に人生の分岐に打ちのめされる頃なのではないかと思って設定した。
夢が叶った人。夢がない人。夢が破れた人。夢が叶いつつあるけれど、まだまだな人。そうなると周辺の大人も夢が叶ったカッパの市長にはじまって強制送還まったなしなおばちゃんをはじめいろいろ配置しようと思ったのだけれど、同じ構造でキャラを若者と大人の両方に設定してもな…と思ったのでやめた。
そもそも成功したカッパの周りにいるのは同じく成功した大人でなければおかしいのだ。この文章を書くために読み返したら、劇中でも「金は金が大好き」と書いていたし、成功者の周りには成功者しかいないものなのだよ。
なのだけど単純に成功者を並べてもつまらないので大人は皆どうしようもないクズとした。まぁ現実もこんなもんだよ。
と、それだけでもつまらないのでウドン汁をまき散らすさぬき人の栗林玉藻はだめ人間に、デコポンの乗員は大人なのに子供の頃とノリが変わってなさそうな人たちとした。

キャラクターの名前について。
以前金城哲夫賞に応募しようと思ったとき考えたネタが「ウルトラQの頃から見た21世紀の世界に、現実の21世紀から迷い込んだ人間が現実の21世紀メカであるスマホ(よりもうちょっと十徳ナイフ的に進化している)を駆使して(なぜか電波が通じる)ドラえもん的に活躍する」というものだった。タイトルは半世紀ミライとして割と本気で内容を考えていたんだけれど、スマホ一台で別の世界の事件を解決するのはちょっと無理があるなぁと思って結局やめた。
このとき考えていたキャラの名前が。歴代の円谷番組のキャラ名を流用しようというものだった。例えば一ノ谷博士からドクトルワン・バレーとか考えていたのだけれどギラン・バレ症候群みたいだなぁと思ったり。
このアイディアを流用して、桐山とかドロシーとかフクシンだとか付けた。
ちなみにキリヤマは次回作ではオリジナルのきちがい隊長同様ヤバい人として再登場の予定である。え?死んだじゃんって?生き返らせる方法を考えてから死んでもらったのでだいじょうブイ。

そうそうこの小説ではキャラを殺しまくって読者を感動させようという思惑があった。さらば宇宙戦艦ヤマトメソッドである(笑)
ほぼ全員死ぬのは最初の予定通りなのだけれど、アイドルのお姉さんがまさか生き残るとは作者のあたいも想定外でした。ちょっとイラつくし真っ先に死んでもらおうと思っていたんだけれど、なぜか一番生き生きとしているしどうしても死んでくれなかった。終盤であんなに大活躍するとは思わなかったよ。


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